従業員をはじめて雇用するときの手続きと注意点を弁護士が解説
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事業をひとりではじめたけれど、業績も順調に伸びてきたので、そろそろ「従業員を雇用したい」と思ったとき、いざとなると何から手を付けてよいかわからないという方も多いのではないでしょうか。
従業員を雇うということは、自分ひとりで事業を行っていたときと異なり、責任が生じます。労働法令の順守、社会保険の手続き、源泉徴収などの税金の手続きなど、やるべきことがたくさんあります。
そこで、今回は従業員を雇用する場合に必要な法的な手続きについて弁護士が解説します。
1、従業員を雇用するとき必要な手続き
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(1)雇用契約書・労働条件通知書
従業員を雇う場合、従業員との間で雇用契約書を交わすか、労働条件について通知書を作成し通知する必要があります。労働基準法において、使用者が労働者を採用するときは、賃金・労働時間その他の労働条件を書面などで明示しなければならないことになっているからです。(労働基準法第15条第1項)
雇用契約書と労働条件通知書の違いは、雇用契約書が労使双方の捺印があるのに対し、労働条件通知書は一方的な書面というところです。
労働条件通知書に明示しなければならない事項は、①労働契約の期間、②労働契約の更新の有無、③就業場所、④従事すべき業務、⑤始業および就業の時刻、⑥休憩時間、⑦休日・休暇、⑧賃金の計算、賃金の支給日などです。
労働条件は、労働者にとって重要な情報のため、原則として書面で明示しなければなりませんが、平成31年4月以降は、労働者が希望した場合に限りファクスやメール、SNS等での明示も認められるようになりました。ただし出力して書面を作成できる形式のものに限られます。
雇用契約書と労働条件通知書のどちらを利用するかという点については、もしも労働条件についてトラブルが生じた際、労働者から「このような書面知らない」「見ていない」と主張されないようにするためにも雇用契約書の方が望ましいといえるでしょう。 -
(2)社会保険・労働保険の加入手続き
法律で定められた条件を満たしている場合には、使用者の意向にかかわらず、必ず健康保険、厚生年金などの社会保険や雇用保険や労災保険などの労働保険に加入しなければなりません。
手続きは、「健康保険・厚生年金被保険者資格取得届」を雇用してから5日以内に年金事務所に提出します。また、扶養家族がいる場合は「健康保険被扶養者(異動)届」を、被扶養配偶者がいる場合は「国民年金第3号被保険者届」を提出します。
健康保険や厚生年金保険の強制適用事業所は、法人または従業員が常時5人以上いる個人事業所です。適用事業所に常時使用される70歳未満の従業員が加入の対象です。パートタイマーやアルバイトでも、1週間の所定労働時間および1か月の所定労働日数が同じ事業所の一般従業員の4分の3以上である場合は加入の対象となります。
また、所定労働時間および所定労働日数が4分の3未満でも、①週の所定労働時間が20時間以上あること、②雇用期間が1年以上見込まれること、③賃金の月額が8万8000円以上であること、④学生でないこと、⑤常時501人以上の企業に勤めていること、の要件をすべて満たす場合、加入の対象となります。 -
(3)雇用保険の手続き
フルタイムの従業員は雇用保険に加入する必要があります。パートの場合でも、1週間の所定労働時間が20時間以上ある場合には加入義務があります。手続きは、「雇用保険被保険者資格取得届」を、雇った月の翌月10日までにハローワークに提出します。
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(4)所得税・住民税の手続き
従業員を雇用した際は、所得税・住民税の手続きをする必要があります。所得税については、従業員を雇用したら、「給与所得者の扶養控除等(異動)申告書」を提出してもらい、事業主は、それに基づいて「源泉徴収簿」またはそれに代わる「給与台帳」を作成する必要があります。
住民税については、前年の所得に対して課税されるため、従業員に前職(所得)がない場合は、翌年の5月末まで住民税はかかりません。前職がある場合は、継続して特別徴収を希望する場合は、「特別徴収にかかる給与所得者異動届出書」を各市区町村の定めている期限までに提出します。普通徴収の場合で変更しない場合は特に手続きは必要ありません。普通徴収から特別徴収に変更する場合には、「普通徴収から特別徴収への切替届出書」を市区町村に提出する必要があります。
その他の税金関係の手続きとしては、従業員に給与を支払う際、事業主は納税額を源泉徴収し、預かった納税額は事業主が従業員に代わって税務署に納税しなければなりません。所得税の源泉徴収は、予定の給与額1年分の税額を計算し、それを12か月に分割して毎月の給与から控除します。
預かった源泉所得税は、原則として徴収した日の翌月10日が納期限となっていますが、給与の支給人員が常時10人未満である源泉徴収義務者は、「源泉所得税の納期の特例の承認に関する申込書」を税務署へ提出することで、納付を7月10日と1月20日の年2回にすることができます。
2、労務管理と就業規則の整備
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(1)労務管理とは
労務管理とは、労働時間の管理、給与管理、福利厚生管理、安全衛生管理など行うことです。個人事業主であれば、これらは必要なかったはずですが、従業員を雇う場合には、これらの管理業務が必要になります。
従業員を雇用したときに必要な労務管理は、労働契約を結ぶところからはじまります。法的には労働条件の明示さえすれば、必ずしも労働契約書まで作らなくても問題はありませんが、トラブル防止の観点から、契約書は作成しておくことが望まれます。労働条件については、雇用期間、労働時間、給与の額、業務内容は必ず書く必要があります。
従業員が着任後は、毎日に労務管理が発生します。
労務管理をするにあたっては、①出勤簿、②賃金台帳、③労働者名簿を作成し、3年間保存することが義務付けられています。
「出勤簿」は、従業員の出勤状況を記録するものです。出勤簿に従業員がハンコを押すものやタイムカードなどがあります。
「賃金台帳」は、従業員の賃金の支払い状況をまとめたものです。
氏名、性別、賃金の計算期間、就業日数、就業時間、残業時間、深夜残業時間、休日労働時間、基本給、手当などの項目と金額、控除項目と金額を記載します。「労働者名簿」は、従業員の氏名、生年月日、性別、住所、雇用年月日、業務の種類、異動などを記載したものです。
労務管理では、従業員の労働時間の状況を確認する必要があります。
原則として1日8時間、週40時間までが法定労働時間なので、36協定を結び、これを超えて労働している場合には、残業代の支払いが必要になります。また、労働安全衛生法により、年に一度従業員に健康診断を受けさせる義務があります。
また、最近ではハラスメント対策も労務管理として重要です。セクハラは、性的ないやがらせをすることですが、嫌がらせをする意図がなくても、相手が不快と思うようなことをすればセクハラに該当する可能性があるので注意が必要です。労務管理という観点からはセクハラが行われないようしっかり教育する必要があります。
パワハラは、たとえば上司が部下に理不尽な扱いをするというような、権力や優位性を背景にした嫌がらせです。こちらも嫌がらせをする意図がなくても、多くの人がいる前で特定の人を怒鳴りつけたり、意に沿わないと仲間はずれにしたりするなどもパワハラとなる場合があります。労務管理という観点では特に管理職に対して注意を促し、管理職に全体を見守らせるなどする必要があります。 -
(2)就業規則の整備
従業員を雇うにあたり、労働条件を明示しますが、その前提となるが就業規則です。就業規則とは、労働時間や休暇などの労働条件について定めたものです。常時10人以上の労働者を雇用する場合には、就業規則を作成する義務があり、労働基準監督署に届け出なければなりません。もっとも、10人未満であっても作成しておくことをおすすめします。
3、入社時に従業員から入手すべき書類
各種手続きをするにあたり、雇用した従業員から提出または提示してもらわなければならない書類としては次のものがあります。
①年金手帳
厚生年金の手続きに必要なため年金手帳が必要になります。基礎番号がわかればよいので、写しでも構いません。
②マイナンバーカード(通知書)
健康保険、介護保険、厚生年金保険、雇用保険、労災保険、税務手続きにおいて、本人のマイナンバーが必要になります。
③雇用保険被保険者証
転職の場合、雇用保険の手続きに必要になります。雇用保険を受給せず1年以内に転職などをして別の会社に入社すれば、雇用保険の期間が通算されます。
④住民票記載事項証明書
必須というわけではありませんが、通勤手当や住民税の源泉徴収支払先を確認するために必要となります。本籍地の記載のないもので構いません。
⑤預金口座番号
給与は振り込みが一般的なので、通帳の口座番号のところの写しを提出してもらうか、口座番号などの情報を教えてもらう必要があります。
⑥源泉徴収票
入社後直ちに提出してもらう必要はありませんが、年末に実施する年末調整で必要になるため、本人が確定申告をしない場合には、提出が必要になります。
⑦給与所得者の扶養控除等(異動)申告書
給与から源泉徴収をするにあたり、扶養者の数の把握が必要になるので、「給与所得者の扶養控除等(異動)申告書」を提出してもらう必要があります。
⑧健康保険被扶養者(異動)届・国民年金第3号被保険者 資格取得等届
配偶者や子どもなど扶養している方がいる場合、健康保険の手続きで必要になります。また、配偶者を扶養する場合は「国民年金第3号被保険者 資格取得等届」も同時に提出してもらう必要があります。
4、従業員から入手してはいけないものや注意点
面接や選考の際に、聞いてはいけないことや採用時に提出を求めてはいけないものがあります。採用するにあたり聞いてよいことは、職務を行うことに対する適正や能力を確認するためのものであることが必要になります。次のような事項については面接時に聞いたり、エントリーシートや履歴書に記入させたり、あるいは書類を提出させたりすることは不適切となりますので注意してください。
①家族の状況
親の職業や学歴を聞いたり、家族構成を聞いたりすることは、採用者の職務の遂行とは関係のないことなので、聞くべきではありません。
②思想信条
思想、宗教観、支持政党、購読新聞、愛読書などを確認することは、本人の適性や能力とは関係のないことなので、聞くべきではありません。
③本籍地
本籍地(出生地)を確認することは、出生地による差別につながりますので聞くべきではありません。
④個人的な内容
「彼氏・彼女はいるのか」、「結婚したら辞めるのか」、「持ち家か賃貸か」、「間取りはどうなっているか」など、職務の適性とは無関係な個人的な内容を聞くことは不適切です。
憲法上の基本的人権は尊重されるべきであり、また職業安定法では、社会的差別の原因となるおそれのある個人情報の収集は禁止されています。面接時には個人的興味からつい聞きたくなるかもしれませんが、法律違反となりますので注意が必要です。
5、雇用に関する手続きついての相談先
雇用に関する手続きは、各専門家に依頼することができます。社会保険や労働保険に関する専門家としては、社会保険労務士がいます。
社会保険労務士は、社会保険労務士法で定められた国家資格であり、採用時の社会保険や労働保険の手続き、就業規則の作成や届け出、36協定の届け出などを行うことはもちろん、採用後の給与計算や労務管理に関する作成やアドバイスもしてもらえます。退職時には、社会保険や労働保険の喪失手続きが必要になりますが、その手続きもしてもらえます。このように社会保険、労働保険の手続きや労務管理といった業務をすべて任せることができます。
はじめて従業員を雇うという場合、社会保険や労働保険の手続きは慣れないと大変ですし、労務管理も何をしていいかわからないということもあると思うので、軌道に乗るまでは社会保険労務士に依頼するというのも有効だと思います。
社会保険労務士以外では、弁護士に依頼するということもおすすめします。
社会保険の手続きを代行している法律事務所もあるので、確認してみるとよいでしょう。社会保険労務士と弁護士の違いは、労使間でトラブルが生じた場合の対応力です。
弁護士であれば、労働者と直接交渉をして和解をしたり、それができなければ裁判で争ったりすることも可能です。弁護士と顧問契約を結べば、労働問題だけでなく随時発生する法的な相談にも対応できるので、その点はメリットが大きいといえます。
6、まとめ
今回は、はじめて従業員を雇用することになった場合に必要な手続きと注意点について解説してきました。人を雇うというのは責任が発生するので結構大変なことですが、業務を拡大する上では不可欠です。
社会保険や労働保険の手続きは慣れていないと大変なものですが、弁護士や社会保険労務士を頼ることで、それらの負担は軽減することが可能です。
ベリーベスト法律事務所 京都オフィスでは、従業員を雇用するに際の法的なアドバイスを行っております。従業員を雇用することになった際は、どうぞお気軽にご相談ください。
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