【企業向け】雇用保険マルチジョブホルダー制度の手続きや注意点を解説
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京都労働局のデータによると、2021年10月~12月の京都府内における完全失業率は2.5%でした。同期間の全国平均が2.7~2.8%であるため、京都府の完全失業率は比較的低水準といえるでしょう。
2022年1月1日から、雇用保険の「マルチジョブホルダー制度」が施行されました。この制度の施行により、複数の事業所で働く65歳以上の方の多くが、新たに雇用保険の適用対象となります。
本コラムでは、企業が理解しておくべき雇用保険のマルチジョブホルダー制度の手続きや注意点について、ベリーベスト法律事務所 京都オフィスの弁護士が解説します。
1、雇用保険の「マルチジョブホルダー制度」とは?
「マルチジョブホルダー制度」とは、複数の仕事を持つ65歳以上の方を対象に、雇用保険の適用範囲を拡大する制度です。
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(1)マルチジョブホルダー制度の目的
従来の雇用保険制度では、主たる事業所での所定労働時間が週20時間以上、31日以上の雇用見込みなどの要件を満たさなければ、雇用保険の適用対象外とされていました。
そのため、複数の事業所で働く労働者は、雇用保険加入の要件を満たさず、失業時に補償を受けられないことが問題視されていました。
働き方が多様化する昨今の状況下では、複数の仕事を持つ労働者についても、雇用保険の対象として保護することが望ましいと考えられます。
このような問題意識を踏まえて、2022年1月1日から改正雇用保険法が施行されて、マルチジョブホルダー制度が導入されることになったのです。
なお、今回の改正では、65歳以上の労働者のみがマルチジョブホルダー制度の対象となっています。
しかし、制度施行後5年をめどにその効果を検証して、将来的にはさらに適用範囲を拡大することが想定されています。 -
(2)マルチジョブホルダー制度の適用要件
マルチジョブホルダー制度が適用されるのは、以下の要件をすべて満たす者です。
- ① 複数の事業所に雇用される65歳以上の労働者であること
- ② 2つの事業所(1つの事業所における1週間の所定労働時間が5時間以上20時間未満)の労働時間を合計して、1週間の所定労働時間が20時間以上であること
- ③ 2つの事業所のそれぞれの雇用見込みが31日以上であること
なお、後述するように、マルチジョブホルダー制度は自動的に適用されるものではありません。
適用を受けるには、労働者による申請が必要になります。
2、失業した場合に雇用保険から受け取れる給付の種類
マルチジョブホルダー制度の適用を受けて、雇用保険の被保険者となった労働者は、失業時等に以下の給付を受けることができます。
- ① 基本手当
- ② 技能習得手当
- ③ 寄宿手当
- ④ 傷病手当
- ⑤ 高年齢求職者給付金
- ⑥ 特例一時金
- ⑦ 日雇労働求職者給付金
- ⑧ 就職促進給付
・再就職手当
・就業促進定着手当
・就業手当
・常用就職仕度手当
・移転費
・広域求職活動費
・短期訓練活動費
・求職活動関係役務利用費 - ⑨ 教育訓練給付
・一般教育訓練給付金
・専門実践教育訓練給付金
・教育訓練支援給付金
・特定一般教育訓練給付金 - ⑩ 雇用継続給付
・高年齢雇用継続給付
・育児休業給付
・介護休業給付
このように、雇用保険に加入した者には、失業時にさまざまな給付の受給権が発生します。
そのため、要件を満たす65歳以上の従業員には、マルチジョブホルダー制度による雇用保険への加入を申請するよう推奨しましょう。
3、マルチジョブホルダー制度の適用を受けるための手続き
マルチジョブホルダー制度に基づき新たに雇用保険に加入する場合、労働者が自らハローワークに申請を行う必要があります。
従業員がマルチジョブホルダー制度の適用を受けるための手続きの流れは、以下のとおりです。
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(1)マルチ雇入届等の必要書類を準備
従業員がマルチジョブホルダー制度の適用を申請するためには、以下の書類を提出する必要があります。
- ① 雇用保険マルチジョブホルダー雇入・資格取得届(マルチ雇入届)と確認資料(2社分)
- ② 個人番号登録・変更届
- ③ 被保険者資格取得時アンケート
- ④ 本人確認資料と個人番号の確認できる資料
各書類の様式は、厚生労働省のホームページからダウンロードすることができます。
雇用主は、労働者からの依頼を受けた場合、マルチ雇入届に必要事項を記入して、確認資料を添付して労働者に渡す義務があります。
確認資料とは「労働者の勤務実態を証明できる書類」のことです。
具体的には、主に以下のような書類が確認資料となります。- 賃金台帳、出勤簿(原則として、記載年月日の直近1カ月分)
- 労働者名簿
- 雇用契約書
- 労働条件通知書、雇入通知書
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(2)労働者がハローワークに必要書類を提出
申請の必要書類がそろったら、労働者が自らハローワークに行き、マルチジョブホルダー制度適用の申請を行います。
申請先は、労働者の住所地または居所地を管轄するハローワークです。
郵送による申請も可能ですが、現時点で電子申請には対応していません。 -
(3)ハローワークが雇用保険被保険者証等を発送
申請を受けたハローワークは、必要書類がそろっていること、およびマルチジョブホルダー制度の適用要件を満たしていることを確認して、労働者と雇用主にそれぞれ以下の書類を発送します。
<労働者に発送する書類>- ① 雇用保険マルチジョブホルダー喪失・資格喪失届(2社分)
- ② 雇用保険マルチジョブホルダー雇入・資格取得確認通知書(本人通知用)(2社分)
- ③ 雇用保険被保険者証
- ④ 被保険者資格喪失時アンケート
<雇用主に発送する書類>- ① 雇用保険マルチジョブホルダー雇入・資格取得確認通知書(事業主通知用)
ハローワークから受領した書類は、労働者・雇用主の双方ともに、きちんと保管するようにしましょう。
4、マルチジョブホルダー制度についての事業主向けQ&A
雇用保険のマルチジョブホルダー制度への対応に当たって、事業主(雇用主)が注意すべきポイントをQ&A形式で紹介します。
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(1)労働者からの書類記載依頼には、必ず対応しなければならないのか?
マルチジョブホルダー制度の申請を行うため、労働者からマルチ雇入届の記入と確認資料の準備を依頼された場合、事業主は必ず応じなければなりません。
マルチジョブホルダー制度の適用を受けて「マルチ高年齢被保険者」となることは、雇用保険法に定められた、労働者の権利であるためです。
そのため、労働者から申請の協力を求められたら、事業主は速やかに対応するようにしましょう。
なお、マルチジョブホルダー制度の申請に関する申し出等を理由として、解雇その他の不利益な取り扱いをすることは禁止されています。 -
(2)マルチ高年齢被保険者が、雇用保険から脱退したいと言ってきたら?
マルチジョブホルダー制度に基づく雇用保険への加入は任意ですが、いったん雇用保険のマルチ高年齢被保険者となった場合、その後の任意脱退は認められません。
したがって、マルチ高年齢被保険者が事業主に対して、雇用保険からの脱退希望を伝えてきた場合には、制度上それはできない旨をお伝えください。 -
(3)マルチ高年齢被保険者が離職したら?
マルチ高年齢被保険者が離職する際には、マルチ高年齢被保険者の資格喪失の手続きが必要となります。
加入時と同様に、労働者側から書類記載等の依頼がありますので、事業主は速やかに対応するようにしましょう。 -
(4)マルチ高年齢被保険者の所定労働時間を週20時間以上に変更したら?
1つの事業所における1週間の所定労働時間が20時間以上となった場合、マルチジョブホルダー制度の適用要件を満たさなくなるため、マルチ高年齢被保険者の資格喪失の手続きが必要となります。
マルチ高年齢被保険者の資格喪失の手続きは、労働者自ら行う必要があるため、労働者にその旨をお伝えください。
また、1つの事業所において1週間の所定労働時間が20時間以上となった労働者には、通常の高年齢被保険者となります。
そのため、事業主は、所定労働時間を変更した翌月の10日までに、事業所を管轄するハローワークへ「雇用保険被保険者資格取得届」を提出する必要があります。 -
(5)マルチ高年齢被保険者の雇用保険料は、いつから発生するのか?
マルチ高年齢被保険者の雇用保険料は、雇用保険の資格取得日から発生します。
資格取得日は、ハローワークから送付される「雇用保険マルチジョブホルダー雇入・資格取得確認通知書(事業主通知用)」に記載されています。
確認したうえで、保険料を納付する準備をしましょう。
5、まとめ
マルチジョブホルダー制度の適用開始に伴い、65歳以上の労働者から、申請書類の記入等の協力を求められることが考えられます。
事業主の方は、マルチジョブホルダー制度の内容をよく理解したうえで、労働者からの申し出に速やかに対応できる体制を整える必要があります。
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