「表現の自由」はどこまで許される? 名誉毀損との関係について
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ネット上の掲示板やSNSなどでは、著名人などに対する誹謗(ひぼう)中傷が行われることがあります。名誉を毀損(きそん)されたことを理由に、著名人が民事訴訟を提起したという話を耳にしたことがある方も、おられるでしょう。
誹謗中傷が行き過ぎれば、民事訴訟だけにとどまらず、刑法上の「名誉毀損罪」に問われる可能性もあります。その一方で、SNSなどの投稿があまりに厳しく取り締まられてしまうと、発言することに対して臆病になってしまい、正当な言論活動すら自由にできなくなってしまうおそれもあるのです。
本コラムでは、法律上における「表現の自由」と「名誉(権)」の関わりについて、刑法上の「名誉毀損罪」を中心としながら、京都オフィスの弁護士が解説いたします。
1、「表現の自由」と「名誉(権)」はどちらも憲法で守られた権利
SNSで他人の悪口を書いていることについて、言論であるから「表現の自由」として守られるべきである、という意見を言う人がいらっしゃいます。
しかし、表現の自由が守られるべきである一方で、「名誉」もまた、守られるべきものなのです。
詳しくは以降の文章で説明しますが、刑法の名誉毀損罪は、「表現の自由」と「名誉」という二つの重要な権利利益の調整を図るための法律といえます。
まず、本章では「表現の自由」と「名誉」について、憲法の観点から解説いたします。
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(1)表現の自由とは
表現の自由とは、個人の思想・意見・主張・感情などを、制約なく自由に表現できる権利のことをいいます。
また憲法では、表現の自由について、「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。」として定められています(第21条第1項)。
ここでは、一切の表現方法が対象とされています。
出版物のみならず、インターネット上の情報発信なども表現の自由とみなされて、保障の対象になっているのです。
「悪口」や「誹謗中傷」といった他人の名誉を傷つける表現については、そもそも表現の自由の保護の対象になるのかといったことについて、現在でも法学者たちによる議論が行われています。
いろいろな表現が認められるべきであり、多様な表現があることはとてもすてきなことですが、一部の人の好奇心などを満たすだけで、他人の名誉を傷つける表現、多くの人を不快にしてしまう表現が、取り返しのつかない事態を招いていることも、また事実です。
そうだとすれば、公共的立場にない人々をただひたすらに傷つけ、とてもつらい思いをさせてしまい、平穏な日常を奪ってしまうだけのようなとげとげしい表現が制約されたとしても、その制約が表現の自由を侵害するとはいえないでしょう。表現と一口に言っても、その対象、内容、態様によって、その扱いには差があるということです。 -
(2)名誉(権)とは
「名誉(権)」とは、人の社会的評価をみだりに下げないことを目的とした権利です。
しかし、表現の自由とは異なり、「名誉(権)」について直接的に定めた規定は、憲法上には存在しません。
ただし、憲法第13条では「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。」と規定されています。
憲法では、この規定を根拠に、「個人の人格的生存に不可欠の利益」または「広く一般的行為の自由に関する権利」を「幸福追求権」として保障しているものと考えられています(どちらであるかは、解釈によって分かれます)。
そして、個別に規定された権利でないものであっても、憲法上の保障の対象になり得ると考えられているのです。
名誉も、人が社会の中で生きていくうえで、自分らしさを発揮したり確認したりするために必要とされる、とても大切なものだと考えられます。
したがって、名誉(権)は、この憲法第13条(幸福追求権)を根拠にして、憲法上で保障されている権利であるといえるでしょう。
また名誉(権)を侵害すると、刑法の「名誉棄損罪」や民法の「不法行為」が成立する可能性があります。次の章以降では、名誉棄損罪について詳しく解説します。
2、刑法における「名誉毀損」について
本章では、刑法における名誉毀損罪の概要と、免責を認める規定の概要について紹介します。
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(1)名誉毀損罪とは
刑法第230条では、名誉毀損罪について定められています。
刑法 第230条 第1項
公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損(きそん)した者は、その事実の有無にかかわらず、3年以下の懲役若しくは禁錮又は50万円以下の罰金に処する。
なお、刑法第230条第2項では、死者に対する名誉毀損罪が規定されています。
死者の名誉を傷つける行為は、「虚偽の事実を摘示することによってした場合でなければ、処罰の対象にしない」とされています。
一方で、第1項に記載されているような一般的な名誉毀損においては、摘示した事実が存在するか(虚偽でないか)どうかは、処罰の対象になるか否かとは関係ありません。
つまり、現に生きている人に対して、その人の名誉を毀損するような行為をすることは、「正確な事実」を示していたとしても処罰の対象になり得る、ということなのです。 -
(2)真実性の証明があった場合には免責
上記の通り、刑法が制定された当初の名誉毀損罪によると、生きている人に対して事実を摘示する行為は、その事実が正確であったとしても、名誉毀損とみなされて罰せられてしまうおそれがあります。
これでは、表現の自由に対して大きな制限がかかってしまいます。
この事情を受けて、昭和22年(1947年)に、「公共の利害に関する場合の特例」が導入されました。これにより、「真実性」の証明があった場合には、一定の要件のもとで、免責を認めて不可罰とする規定が導入されたのです。
この特例は、個人の名誉と表現の自由を調整して、正当な言論活動を保護するためのものです。
具体的には、刑法第230条の2第1項では、名誉を毀損する行為が下記の条件をすべて満たす場合には、罰されないこととされています。- ① 公共の利害に関する事実に関係している。
- ② その目的が専ら公益を図ることにあったと認められる。
- ③ 摘示した事実が真実であることの証明があった。
また、第2項では、「公訴が提起されるに至っていない人の犯罪行為に関する事実」は「公共の利害」に関する事実とみなされる、と規定されています。
さらに、第3項では、「公務員又は公選による公務員の候補者に関する事実」は、真実であることのみが証明されれば、不可罰になるとされているのです。 -
(3)親告罪であること
名誉毀損罪は、「親告罪」とされています。
親告罪とは、警察などの捜査機関に対して、被害者からの処罰を求める意思表示がなければ、刑事裁判を提起できない罪のことです。
基本的には、名誉毀損された本人が「相手を罰してください」と警察や検察に求めない限り、警察や検察が加害者を処罰することはありません。ただし、本人が処罰を求めなくとも、警察に相談したことによって、警察が捜査に動く場合はあります。
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3、名誉毀損罪の構成要件と罰則
本章では、名誉毀損罪が成立する要件について、具体的に解説します。
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(1)名誉毀損罪(刑法第230条第1項)の構成要件
名誉毀損罪は、①公然と②人の社会的評価を下げるような事実を摘示することによって成立します。
①「公然」の意義
「公然」とは、「摘示された事実を、不特定または多数の人が認識しうる状態」とされています。
したがって、例えば、誰もいない密室で他人の名誉を害する事実を口にしても、不特定または多数の人が認識できないのであれば、「公然」の要件は満たしません。
ただし、判例では、摘示の相手方が特定かつ少数であったとしても、その者を通じて不特定多数人へと広まってしまう可能性がある場合には、「公然と」摘示した場合に該当し得るとされています。
これは「伝播(でんぱ)の理論」と呼ばれています。
②「事実の摘示」の意義
摘示される事実は、それ自体が相手の社会的な評価を下げるような、具体的な事実であることが求められます。
相手の社会的評価に関する事実であればよく、仕事や地位などに関する社会的な事実だけでなく、私生活上のプライバシーに関する事実も含まれます。
さらに、すでに広く知られた「公知の事実」であったとしても、仮にそれが作られたイメージである「虚名」であったとしても、名誉毀損罪の対象になりえます。
そして、先述したとおり、指摘した事実が正確であるかどうかは問われません。
なお、「実際に人の名誉が毀損されたかどうか」という点は、名誉毀損罪の成立には関係しません。
名誉毀損罪は「人の社会的評価を下げるような事実を、公然と摘示した」段階で成立します。基本的には、その事実が実際に相手の社会的評価を侵害したかどうかは、犯罪が成立となるか、不成立となるかには関係しないのです(ただし、「その事実が相手に社会的評価をどれほど侵害したか」という程度の問題は、量刑に影響する可能性があります)。 -
(2)罰則
名誉毀損罪の罰則は、「3年以下の懲役若しくは禁錮」または「50万円以下の罰金」です。
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(3)真実性の証明による免責(刑法第230条の2)の要件
名誉毀損罪に該当する行為があったとしても、①公共の利害に関する事実に係り、②その目的が専ら公益を図ることにあったと認められる場合で、③摘示した事実が真実であることの証明があったときには、不可罰となります(刑法第230条の2第1項)。
①「公共の利害に関する事実」の意義
名誉毀損罪が免責されるためには、摘示した事実が一般の多数人の利害に関係するものであることが必要とされます。
個人のプライバシーや私生活上の事実については、原則として、公共性はないものと考えられているのです。
②「目的が専ら公益を図ることにあったと認められる場合」の意義
法律上では「専ら」と規定とされていますが、裁判例をみると、実際には主目的が公益にあったかどうかで判断がされています。
主たる動機が公益を目的としていたのであれば、この条件を満たし得ます。一方で、読者や視聴者などの好奇心を満足させる目的では、この条件は満たしません。
③「摘示した事実が真実であることの証明があったとき」の意義
証明の対象となる事実は、行為者によって摘示された事実であり、その主要な部分や重要な部分について、「真実である」との証明がなされれば、この条件を満たします。
逆に言えば、摘示した事実の重要なポイントとはあまり関係のない細部までは、その正確さを証明する必要はないのです。
4、SNSの投稿も名誉毀損にあたる
名誉毀損罪においては、名誉を毀損する行為の具体的な方法については限定されていません。
したがって、TwitterなどのSNSで他人の悪口を書いた場合にも、以下のような名誉毀損罪の構成要件を満たす場合には、名誉毀損罪は成立することになります。
- ① 公然と
- ② 人の社会的評価を下げるような事実を摘示
SNSでの投稿は、スマホなどで投稿することも多いかもしれません。文字数制限もあり、短い文章になってしまうことが多いため、表現がダイレクトになったり、悪意がむき出しになったりしてしまいがちです。
公益を図る目的があっても、表現がそぎ落とされて、ただただ悪口が書き連ねられている表現になってしまっていては、せっかくの表現が台無しです。短い表現こそ、細心の注意を払うべきでしょう。
一方で、SNSへの投稿であっても、「公共の利害に関する場合の特例」の規定(刑法第230条の2)が適用されます。
- ① 公共の利害に関する事実に関係し、
- ② その目的が専ら公益を図ることにあったと認められる場合で、
- ③ 摘示した事実が真実であることの証明があったときには、
免責され得ます(同条1項)。
さらにインターネットでの投稿は、気軽にできてしまいますし、場合によっては、本当かどうか分からないままに投稿をしてしまうことがあるかもしれません。しかしながら、真実性の証明については、確実な証拠や根拠が求められ、他の表現手段と変わらない水準の証拠、根拠、調査が求められるため、注意が必要です。
5、「名誉毀損してしまったかもしれない…」と不安なら弁護士に相談
自分がSNSに投稿した内容が、名誉毀損罪にあたるのかどうか不安を抱かれている場合、または名誉毀損にあたりうる表現行為をしてしまってどう対応すればよいか悩まれている場合には、ぜひ、弁護士にご相談ください。
名誉毀損罪の成立要件である「公然性」や「社会的評価を下げる事実の摘示」の解釈については、検討すべき論点が多くあります。
また、一定の表現については「公共の利害に関する場合の特例」の規定(刑法第230条の2)の適用によって免責される余地もありえます。
しかし、名誉毀損罪で処罰されるかどうかを判断するためには、法律に関する知識が必要となります。
一般の個人では判断が難しいために、ぜひ、弁護士にご相談されることをおすすめいたします。
そして、自分のした投稿について弁護士に判断してもらった結果、「名誉毀損罪に該当する可能性が高い」ということが判明した場合にも、その後に行うべき対応方針について、弁護士と協議することができるでしょう。速やかな対応を行い、場合によっては、弁護士を通じて相手と話し合いをすることによって、事態が悪化することを防ぎ、刑事事件化を避けることができるかもしれません。
6、まとめ
インターネットの隆盛によって、個人が気軽に情報を発信できるようになりました。受け取る相手の顔が見えないという特徴からも、良い情報も悪い情報も、情報発信に対してのハードルは大きく下がりました。それに伴い、近年では、SNSによる誹謗中傷が社会問題となっています。そして、残念なことですが、誹謗中傷のなかには、名誉毀損罪に該当するようなものも含まれているといえるでしょう。
刑法第230条に定める名誉毀損罪については、インターネットやSNSに独自の特性も考慮されながら、現在でも法律家たちによる議論が盛んに行われています。
「SNSなどで誹謗中傷を投稿してしまったけれど、名誉毀損にあたるかもしれない…」と不安を抱かれている方は、ぜひ、ベリーベスト法律事務所 京都オフィスにまでご相談ください。
- この記事は公開日時点の法律をもとに執筆しています